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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)1200号 判決 1990年6月12日

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

一  控訴の趣旨

主文同旨の判決を求める。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  訴訟費用は控訴人の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者双方の主張

次のとおり、当審における双方の主張を付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  被控訴人の二女みつよは、本件定期預金証書及び届出印鑑を持参のうえ、右定期預金債権を担保として差し入れ、被控訴人を代理して本件貸付を受けたものであり、控訴人信用金庫の担当職員は、同女が、右定期預金証書及び届出印鑑を所持しているところから、定期預金の期限前払戻しと同視できる定期預金担保貸付を受ける権限を有するものと信じて被控訴人に対する右貸付をしたものである。その後、右貸付金は期日に弁済されなかったので、控訴人信用金庫は、昭和五六年四月一日、みつよの申入れにより、右定期預金の払戻手続きをとったうえ、右貸付金の弁済に充当し、残額を同女に交付したものであって、控訴人信用金庫の担当職員が、右のとおり、いわゆる「払戻充当」の手続を採ったことには過失がないから、民法四七八条の類推適用により、右控訴人信用金庫の採った本件定期預金の払戻し及び充当は被控訴人に関しても有効である。

2  仮に、みつよに、被控訴人を代理して控訴人から本件貸金合計九八五万円を借り受けるについて代理権が与えられておらず、かつ、被控訴人から追認を拒絶され、被控訴人に対して右貸付の効力が及ばないとすれば、みつよは、民法一一七条一項により、本件貸付金債務につきその履行をする責任があるところ、本件定期預金は、右貸金の担保に供されたものであるから、控訴人は、同法四七八条により、右定期預金の払戻しにつき免責されるものというべきである。

三  被控訴人

1  本件定期預金担保貸付契約は、控訴人といわゆる「表見預金者」との間に締結されたものではなく、預金者の代理人であると詐称する者との間に締結されたものであり、民法四七八条の類推適用の余地はなく、同法一一〇条の表見代理の成否だけを問題にすれば足りる。

2  民法四七八条の類推適用の余地があるとしても、同法一一〇条の表見代理成立の要件と同じく、詐称代理人に本件定期預金を担保に貸付を受けるにつき代理権限があると信ずべき正当事由があり、かつ、無過失の場合に限り、同法四七八条の類推適用により、金融機関は、免責されるものというべきである。本件において、控訴人は、右定期預金を担保に貸付を受けるにつき預金者本人の意思の調査、確認を怠った過失があるから、同条による免責を受けることはできない。

3  控訴人の当審における主張2は争う。

第三  証拠

原審及び当審の訴訟記録中の各証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被控訴人が、昭和五四年五月一日、被控訴人名義で一〇〇〇万円を二年自動継続定期預金として控訴人信用金庫六地蔵支店に預金したこと、同月七日、奥野ふみ子名義で一〇〇〇万円が、同年七月七日、奥野みつよ名義で七〇〇万円が、いずれも二年自動継続定期預金として同支店に各預け入れられたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すると、次のとおりの事実が認められる。

1  被控訴人は、昭和三三年ころ、京都市山科区日ノ岡坂脇町二七番五、宅地四六六・一一平方メートルの土地を購入し、長男正介の助力のもとに、右地上に木造モルタル瓦葺二階建のアパート「坂脇荘」(部屋数一七室)を建築して、これを所有するに至り、昭和五〇年ころ、同居していた二女のみつよが被控訴人の許を離れ、転居して、被控訴人夫婦だけが残った後は、自分たちも右アパートの一室に居住し、月額合計約一二万円ないし一三万円のアパートの家賃収入で暮らしていた。

なお、昭和四七年一一月一三日、右アパートは、被控訴人の妻文子名義(登記簿上ふみ子名義)でその保存登記がされたが、右は、名義上のものに過ぎず、右アパートが被控訴人の所有であったことに変わりがない。

2  その後、被控訴人の二女みつよは、不動産業を営む谷村保次の内縁の妻となり、同棲するに至ったが、昭和五四年二月ころ、被控訴人に対し、前記アパートの建物と敷地とを売却して、その代金の内金で代替地及び建物を購入し、代金残額を定期預金として、その利息で夫婦二人が気楽に暮らしたらどうかと勧めた。

被控訴人は、最初のうちは乗り気でなかったが、みつよの熱心な勧めにあって、ついにはこれに同意するに至り、そのためにすべき一切の手続きを同女に委任した。

3  みつよは、昭和五四年四月二〇日ころ、被控訴人を代理して、荒川恵美子からその所有にかかる京都市山科区御陵久保町二五番の一六、宅地九五・九〇平方メートル及び地上の木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建建物を代金約三〇〇〇万円で買い受け、同年五月一日ころ、同様に被控訴人を代理して、前記坂脇荘の土地、建物を代金約六〇〇〇万円で株式会社窪田に売り渡し、被控訴人夫婦は、右坂脇荘からその代替住居地へ移転した。

4  みつよは、右土地、建物の買替えによって手元に残った約三〇〇〇万円を控訴人信用金庫六地蔵支店に定期預金するに際し、昭和五四年五月一日、その所持する「奥野」と刻された印鑑を取引印として届け出たうえ、一〇〇〇万円を被控訴人名義で二年満期自動継続の定期預金とし、同月七日、同様に右届出印を取引印として、一〇〇〇万円を母のふみ子名義で二年満期自動継続の定期預金とし、さらに、同年七月七日、その所持する「奥野」と刻された別の印鑑を前同様に取引印として届け出たうえ、七〇〇万円を自己名義で二年満期自動継続の定期預金とした。なお、右七〇〇万円の預入れは、みつよにおいて京都中央信用金庫山科中支店長振出の金額七〇〇万円の持参人払小切手(<証拠>)を被控訴人に交付することによって行われた。

5  被控訴人は、その後、昭和五九年二月ころまで、みつよから定期預金の利息として毎月一五万円の交付を受け、これを夫婦二人の生活費として暮らしていたが、その後間もなく、みつよは所在をくらまし、行方がわからなくなった。それまでにも、被控訴人は、みつよが、日ノ岡の土地、建物の売却代金のうち、前記代替土地、建物の代金支払に充てられたものを差し引いた残金を定期預金にしたとのおおよその報告を受けていたが、みつよに対して預金証書及び届出印の交付を求めたことはなく、預金先の金融機関名、預金額などについても尋ねたことがなかった。

なお、その間の昭和五八年一〇月に、被控訴人の妻文子は死亡し、また、収入の途を絶たれた被控訴人は、現在、長女恵津子の世話になっている。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  被控訴人名義の本件定期預金の預金者が被控訴人であること、及び、その利率が原判決添付別紙定期預金利息等一覧表の利率欄記載のとおり改訂されたこと、被控訴人が、控訴人信用金庫に対し、昭和五九年五月八日、控訴人信用金庫に送達された郵便により、右定期預金の払戻しを請求したことは、当事者間に争いがない。

三  いずれも、<証拠>によれば、次のとおりの事実が認められる。

1  みつよは、控訴人信用金庫六地蔵支店に本件定期預金をした後日である昭和五五年七月ころ、被控訴人の代理人と称して、控訴人信用金庫六地蔵支店に対し、被控訴人名義の本件定期預金証書(後記認定のとおり、みつよの請求により、これに先立つ昭和五五年三月一八日、三〇〇万円及び七〇〇万円の二口の定期預金に分けられていた。)とかねて右定期預金の取引印として届け出ていた「奥野」と刻された印鑑を持参し、右定期預金を担保とする融資(自行預金担保貸付)を求めたところ、控訴人信用金庫は、右二口の定期預金に質権の設定を受け、預金証書の差入れを受けたうえ、被控訴人の代理人と称するみつよを介して被控訴人に対し、昭和五五年七月五日ころ、弁済期日を同月一五日として九五〇万円を貸し付け、さらに、同年一二月六日ころ、弁済期日を同月一五日として三五万円を貸し付けた。右預金担保貸付を受けるに当たって、みつよは、内縁の夫である谷村保次とともに控訴人信用金庫六地蔵支店に赴き、右貸付を受けるために必要な書類の被控訴人の住所、職業等を記載し、また、被控訴人の署名については、谷村が、みつよの指示に従って、被控訴人の住所等を記載し、さらに、署名代理の方式により被控訴人の名前を記入し、その名下に、右定期預金の預入れに際して届出された取引印を押捺して作成した担保差入証(<証拠>)、融資申込書(<証拠>)、貸付金の領収書(<証拠>)を控訴人信用金庫の担当職員に提出した。なお、前記認定のとおり、被控訴人名義の本件定期預金は、当初、金額一〇〇〇万円の定期預金一口として預け入れられたものであるが、みつよと控訴人との合意により、昭和五五年三月一八日、いずれも、満期を昭和五七年三月一八日とする金額三〇〇万円及び七〇〇万円の二口の定期預金に分割されていた。

2  右貸付金は、いずれも期日に弁済されず、みつよは、担保として差し入れた本件定期預金からの回収を求めたので、控訴人信用金庫は、右貸付に際し、担保として差し入れられた本件定期預金債権の担保実行方法につき、付合約款のとおり当事者間に合意が成立したものと認められる後記「払戻充当」の方法により、昭和五六年四月一日、債務者であり、本件定期預金の預金者でもある被控訴人に代わって、右定期預金の払戻手続きをし、これを右貸付金の弁済に充当し、その残額六二万二二二八円は、これをみつよに返還した。

3  前記控訴人信用金庫の取引に関する付合約款第九条(差引計算)によれば、(1)期限の到来、期限の利益の喪失、その他の理由によって、債務者が、貸付金等の債務の履行をしなければならない場合には、控訴人信用金庫は、その債務と控訴人信用金庫に対する預金、定期預金その他の債権とを、右債権の期限の如何にかかわらず、いつでも相殺し、または預金、定期預金について設定された担保権を実行することができる、(2) 右相殺または担保権の実行ができる場合には、控訴人信用金庫は、事前の通知、及び所定の手続きを省略し、債務者または担保差入人に代わり、預金等を受領し、前記債務の弁済に充当することもできる旨の定めがある。

以上のとおり認められ、被控訴人の控訴人に対する担保差入証(<証拠>)に「56・4・1相殺」と記載されているのも、原審証人西谷茂の証言と併せて考えるときは、右昭和五六年四月一日、控訴人において貸付金債権をもって本件定期預金の払戻金債務とを対当額につき相殺する旨の意思表示をしたことを認めさせるに足りる資料とはいえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  被控訴人が、前記定期預金を担保に貸付を受けるにつき、みつよにその代理権を与えたことを認めるに足りる証拠はない。

五  民法四七八条は、「債権ノ準占有者ニ為シタル弁済ハ弁済者ノ善意ナリシトキニ限リ其ノ効力ヲ有ス」と定めるところ、ここにいう「債権ノ準占有者」とは、一般取引の観念において債権者であると信じさせるような外観を有する者を指し、自ら債権者と称して預金債権を行使した者(払戻請求者)のみならず、債権者の代理人と称して本人のため債権を行使する者もまたここにいう「債権ノ準占有者」に含まれると解するのが相当である(最高裁判所昭和三七年八月二一日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八〇九頁参照)。

六  被控訴人が、控訴人信用金庫に対し、被控訴人名義の本件定期預金(金額一〇〇〇万円)をしたこと、その後、被控訴人の二女みつよが、被控訴人の代理人であると詐称して、控訴人信用金庫から右定期預金を担保に被控訴人名義で合計九八五万円を借り受けたこと、右貸付を受けた債務が期日に弁済されなかったので、控訴人信用金庫は、右貸付に際し、付合約款に基づき、みつよとの間で合意された前記認定にかかる「払戻充当」の方法により、本件定期預金についての担保権を実行し、その結果、右貸付金債務は全額消滅したとして、残金をみつよに返還したことは、前記認定のとおりである。

思うに、金融機関が、自行記名式定期預金の預金者から右定期預金を担保に貸付を受けるについて代理権を授与されたと詐称する者から、右定期預金証書及び届出印の印影と同一の印影の呈示を受けたところから、右代理人と詐称する者を右預金者の正当な代理人として認め、その者との間で、将来、履行期に債務の返済を受けることができないなど一定の理由が生じた場合には、金融機関が債務者(預金担保提供者)に代わり、担保として差し入れられた定期預金債権と貸付金債務との差引計算及び充当をして貸付金債務を清算することができる旨の特約をしたうえ、詐称代理人を介して預金者に対し、右預金担保貸付をした場合において、経済的には、右貸付行為自体を実質的に定期預金の期限前解約による弁済(払戻)に準ずるものと解することができ、また、その後、債務者から貸付金債務の弁済を受けられなかったため、担保権の実効として、貸付金と預金との右差引計算及び充当が行われた場合には、これを定期預金の期限前解約による払戻と同視するのが相当であるから、貸付とその担保預金の提供とを、全体として弁済行為の一態様と観念し、これについては民法四七八条の類推適用があると解するのが相当である。したがって、それが預金者に対して効力を生ずるためには、民法四七八条の類推適用により、右貸付時において、金融機関が、詐称代理人を権限ある代理人と認定するにつき、金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたことが必要であり、かつ、それをもって足りると解するのが相当である(最高裁判所昭和四八年三月二七日第三小法廷判決・民集二七巻二号三七六頁、同裁判所昭和五九年二月二三日第一小法廷判決・民集三八巻三号四四五頁各参照)。

七  被控訴人を債務者とする本件自行預金担保貸付及び控訴人信用金庫が担保として質権の設定並びに預金証書の差入れを受けた本件被控訴人名義の定期預金から右貸付金債権の回収をした経緯についての事実の認定は、前記のとおりである。

前掲各証拠によれば、右事実関係のもとにおいて、昭和五五年七月五日ころ及び同年一二月六日ころの二回にわたり、控訴人信用金庫が、みつよを被控訴人の代理人として被控訴人に対する本件自行預金担保貸付をするに当たり、みつよが提出した融資申込書、担保差入証、領収書の被控訴人の署名欄に押捺された印影は、同女が先に右被控訴人名義の定期預金をするについて取引印として届け出た印影と同一であることを照合して確認し、かつ、同女が右定期預金証書を持参し、これを控訴人信用金庫に差し入れたこと、また、右定期預金は、もともと、みつよが、被控訴人名義の定期預金についての届出印を持参し、被控訴人を代理して、控訴人信用金庫に預け入れたものであり、かつ、その後、右定期預金につき格別の事故届はないところから、同女が被控訴人から右預金担保貸付を受けるについて代理権を与えられているものと信じて、右貸付の要請に応じたことが認められるが、他に特段の不審事由が認められない本件において、控訴人信用金庫がそのように信じたのは相当であり、その過程に、金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くさなかった過失があったとは認められない(最高裁判所昭和五四年九月二五日第三小法廷判決・判例時報九四六号五〇頁参照)。

もっとも、前掲各証拠によれば、本件預金担保貸付に際して控訴人信用金庫に提出された融資申込書(<証拠>)の被控訴人の住所、年齢、職業欄の各記載、資金の使途及び返済方法欄の各記載、担保差入証(<証拠>)の被控訴人の住所、氏名欄の記載及び領収証(<証拠>)の被控訴人の住所、氏名、職業欄の各記載は、いずれも、みつよの指示により、その内縁の夫である谷村保次において記入したものであるが、<1>そのうち九五〇万円の領収書(<証拠>)だけでは、被控訴人の住所が京都市山科区御陵久保町二六-一五と地番を誤って記載され、他の担保差入証(<証拠>)、融資申込書(<証拠>)、三五万円の領収証(<証拠>)の被控訴人の住所は、いずれも、同町二五-一六と正しく記載されていること、<2>九五〇万円の融資申込書(<証拠>)の被控訴人の年齢は七五歳、職業は会社役員と、その領収証(<証拠>)の被控訴人の職業は会社役員と各記載されているのに、三五万円の融資申込書(<証拠>)の被控訴人の年齢は七二歳、職業は無職と記載されていること、<3>九五〇万円の融資申込書に、融資金の使途は、土地購入のため、返済方法は、アパートの決済金で返済する旨の記載があるが、前記認定のとおり、被控訴人が、従来所有していたアパートの土地、建物を売却して現住所の土地、建物を購入し、その代金を決済して差引した結果、残った約三〇〇〇万円で、本件定期預金をした経緯については、控訴人信用金庫もこれを承知していたことがそれぞれ認められ、右融資申込書に記載された資金の使途及びその返済方法はいずれも架空のものであることが明らかである。

しかしながら、これらの事実は、本件定期預金の預入れ、本件預金担保貸付について、前記認定の事実関係の認められる本件においては、未だ、前記控訴人が、さらに被控訴人に対し、直接、電話あるいは面談をして、その真意を調査すべき特段の不審事由には当たらないと解するのが相当であり、他に、右特段の不審事由があることを窺わせるに足りる資料もない。

八  以上、説示したところによれば、控訴人信用金庫が、質権の設定及び差入れを受けた被控訴人名義の本件定期預金の担保実行方法として、右預金の払戻しを受け、これを本件貸付金債権に充当し、残金をみつよに返還したことは、前記説示のとおり、その全体が債権の準占有者に対する弁済として、民法四七八条の類推適用により、被控訴人に対する関係においても有効であり、その結果、本件被控訴人名義の定期預金債権は全部消滅したものと認められ、その払戻しを求める本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、失当であり、これを棄却すべきものである。

九  右の点につき、被控訴人は、本件定期預金担保貸付契約は、控訴人といわゆる「表見預金者」との間に締結されたものではなく、預金者の代理人であると詐称する被控訴人の二女みつよとの間に締結されたものであるから、民法四七八条の類推適用の余地はなく、民法一一〇条の表見代理の成否だけが問題となる旨を主張する。

しかし、控訴人主張の如く、詐称代理人を介し、預金者の預金を担保とし、かつ、その預金者を債務者として、貸付を行ういわゆる預金担保貸付の場合において、右貸付行為と担保提供行為とを別個の行為として取り上げ、右貸付行為については、民法四七八条の適用がなく、民法一一〇条等の表見代理の適用があると解しても、前記認定のとおり、本件では、被控訴人の詐称代理人であるみつよを介し、被控訴人に対して貸付けられた合計九三五万円の貸付金がその後弁済されなかったので、右貸付に際し、控訴人信用金庫に担保として差し入れられていた本件定期預金を払い戻し、右払戻金をもって、右被控訴人に対する貸付金の弁済に充てられたのであるから、右本件定期預金の担保の差入れ、及び、その担保権の実行としての払戻については、民法一一〇条の適用はなく、その特別規定である同法四七八条のみの適用があると解すべきことは前記説示のとおりである。

そのうえ、前記認定の諸事実に、前記一の冒頭に掲記の各証拠によれば、(1)被控訴人は、その所有にかかる前記日ノ岡坂脇町の土地・建物を売却し、また、荒川から右土地、建物に替る御陵久保町の土地・建物を購入する等の代理権限をみつよに与えていたこと、(2)被控訴人の本件定期預金は、もともと被控訴人の二女みつよが、前記日ノ岡坂脇町の土地・建物の売却代金の一部と被控訴人名義の印鑑とを、控訴人の六地蔵支店に持参し、被控訴人を代理してその預金をしたものであり、かつ、みつよには、被控訴人のために、右預金をする代理権限があったこと、(3)被控訴人は、その後、本件定期預金については、その預金証書も印鑑もみつよに預けたままにして、本件定期預金の管理をすべてみつよに任せ、自らは、みつよから毎月、本件定期預金の利息名義で一五万円を受け取ることで満足し、それ以上の管理を全くしていなかったこと、(4)みつよは、前記の如く、被控訴人の代理人として、控訴人信用金庫から本件預金担保貸付を受けるに際し、控訴人信用金庫六地蔵支店に、本件定期預金証書とかねて右定期預金用として届出ていた被控訴人の印鑑とを持参し、被控訴人の代理人として、控訴人信用金庫から、本件預金担保貸付を受けたものであること、(5)そして、控訴人信用金庫の担当者も、みつよには、被控訴人の代理人として、被控訴人のために本件貸付を受ける代理権限があるものと信じて本件貸付をしたものであること、以上の事実が認められる。そして、右認定の事実やその他前記に認定の諸事実を総合して考えれば、控訴人信用金庫が、みつよを被控訴人の代理人とし、被控訴人を債務者とする合計九八五万円の本件貸付をするに際し、被控訴人本人にその旨を確かめなかったとしても、控訴人信用金庫には、みつよに、被控訴人の代理人として、本件貸付を受ける代理権限があると信ずるにつき正当の理由があるものと認めるのが相当であるから、右貸付は、表見代理の法理により、有効というべきである。

したがって、以上いずれにしても、被控訴人の前記主張は、採用できない。

一〇  よって、これと結論を異にする原判決中控訴人敗訴部分は相当ではなく、本件控訴は理由があるから、原判決中右控訴人敗訴部分を取り消して、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担については民訴法九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長 裁判官 後藤 勇 裁判官 東條 敬 裁判官 横山秀憲は、転補につき署名、捺印することができない。裁判長裁判官 後藤 勇)

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